いまさらだけど現代詩フォーラム再登録して細々と書いたり書かなかったり
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ニコ生、飯田橋のポルノ映画館、名古屋、文学座、新文芸座(
ヴィターリー・カネフスキー、ジョージ・A・ロメロ)、神保町、パノプティコン→箱男→スネーク、IIDXとDDR、さいきんはこんな、ゾンビごっこしたい
震災以降生産の止まってたセーラムアラスカメンソールを3ヶ月ぶりに吸ってる
そのあいだマルボロのアイスミント吸ってたせいかものすごく甘い
で、この記事の本題
映画や小説などの表象物における煙草の効果と役割についてちょっとまとめておきたいとおもった
眠いと暑いは言い訳にしちゃならんとはおもうが意識ヤバイ、いったりきたりでまとまりきってないし正直ものすごいみづらいとおもう、近いうち(not意識ヤバイ状態のときに)ちゃんとまとめなおす予定、いまはとりあえずのメモ書きで勘弁
自分の書く詩や小説にはよく煙草(を吸う人物)が登場する、それにはいくつか理由があって、まず
煙というモチーフの面白さってのがあるんだけど、白くて、不安定で、ゆらゆらたちのぼって、いつのまにか消える、もの(煙草の場合は葉っぱ)が燃えることによってうまれるっていう、
ちょっと死んじゃいそうなっていうかもう死んでるイメージ、要は火葬場の煙、舞城王太郎の「煙か土か食い物」の煙、自分の書く話の人間たちはだいたい死ぬか殺されるかそれに近い常態にある/向かうのでちょうどいい、甘ったれたことをいうと使いやすい、もちろん単純にかっこうがつくっていうのもあるけどね、で、つぎが重要、
煙草を吸うというキャラクター性、小説や映画で煙草を吸うやつってどんなのだ?、DQN、ビッチ、やーさん、刑事、浮浪者、労働者(っていうかいかにもはいはいおれはルンプロってますよって言いたそうなひと)、中高生(でなくても大人の階段のぼれてないひと)、まあいろいろおもいつくだろうけど、
たぶんみんなやさぐれて悩んでるか疲れてるか歯向かってるよね、あ、やさぐれ悩み疲れ歯向かってる=煙草吸うじゃないよ、イメージとして煙草吸う→やさぐれ悩み疲れ歯向かってる、っていうこと、たとえば映画で「おれは希望に満ちてるぜヒャッフー元気だから懸垂とかしちゃう」ってひとはふつう煙草吸ってない、吸ってるかもしれないけど、吸ってるシーンを監督は撮ろうとしない、つまり物語において
煙草を吸うっていうのは一種の個性だった、しかも、
その人物が吸ってる銘柄によって(さらに言うならば使っているのがマッチかジッポかライターかによっても)そいつの性格がわかるくらい(たとえばショッピとかショッポとか吸ってるやつはけっこう頑固、それもマッチだったら経験値高そうだしジッポ使ってたらハードボイルド、ハイライト吸ってるやつは遊び人、メンソールはちょっと気がおかしい、これはあくまでもおれの主観ね)、正確さ不正確さは別として(個人がそう思ったのであればそれが正解、監督や作者がそう思っていたのであればそれも正解)、もう強烈だよねこれは、個性として、
(蛇足になるけど、漱石の吾猫にはやたら煙草を吸う描写があって、おれが今年とってる映画史の授業の先生は学生時代に「吾猫と煙草」的なテーマでその時代に流行っていた煙草を調べてなにをなぜ吸ってるかってことと、煙草吸ってることによる物語上での効果とかについてガチ論文書いたらしい)、小説読んだり映画みたりするってのもまあやさぐれ悩み疲れ歯向かってるよね、文学青年なんていう言葉で「おれは希望に満(ryなひとを想像するひとはだれもいないだろう、で、さっきも言ったけどそれが絵的にかっこうついちゃうから流行る流行る、特に90年前後の日本の映画とかドラマとかみるとみんな吸ってる、
女医さんとかなんか知識人とかモラトリアムきもちいぜ大学生とかマジこれ見よがしに吸ってる、え?これこのひとここで煙草吸うシーン必要?ていうかおれも吸いたいんだけどってなる、海外映画の影響もあるんだろうけど
煙草=イケメンのアイテムになっててもはや没個性、いや、それでいいんだよ、それでいいし、実際そういう社会だったら羨ましいくらいなんだけど、
やさぐれ悩み疲れ歯向かってるフェチ(中二病ともいう)のおれとしては小説や映画でイケメンアイテム見せびらかされても面白くない、が、ここで現実と相反して光明、
近年の嫌煙ブームである、ここ数年で一気に映画で煙草吸ってるイケメンがいなくなった、
むしろイケメン=煙草吸わないっていうね、これだ、
いまこそやさぐれ悩み疲れ歯向かってる煙草復興のときだ、そしておれはなんか死んじゃうか殺しちゃうかしそうなやさぐれ悩み疲れ歯向かってる男に煙草を吸わせているのだった
わろす